想像力と余裕
朝の山手線外回り。上野から乗り込んだ俺は、でかいキャリングバッグのアフリカ大陸あたりが出身ぽい外国のかたが車内でもまれているのに気が付いてはいた。
- ただ、そんなのはいつものことだし近くに立ってた「日経よく読む」な雰囲気のおねいさんのほうが見てて楽しいのであんまり気にはしてなかった。
- 降りるのかと思えばふらふらとドア付近に荷物をおいたりするのですごい邪魔。たちまち乗客の怒濤の押しに翻弄されるしまつ。
- そんな兄ちゃんが俺の隣に立った。彼は手にしたメモを見て何事かつぶやいていた。
「真珠食う、エイト、液袋?」
- ?
- (ガマクジラって、八つも怪しい液の入った袋を体内にもってたっけ?)
- 素でそんなことを考えましたよ!この人、妙に日本の特撮に詳しいヘンなガイジンと違うから!
「しんじくう、えーとー、いけぶこー」
- 俺の前にいたおっちゃんも、いや車内の全員が、ちいさな声で同じことをぶつぶつ言うこの兄ちゃんが気になり始めていたようだ。そしてー
「しんじゅくー?しんじゅく? えいと? いけぶこー、しんじゅく?」
- 車内の空気がさーっと引くのがわかりましたよ。
- このにいちゃん、車内の誰でもいいから答えてくれないかと質問してるんだよ!つまり、
「おら新宿行きたいんだけど、この電車行く?乗って8個目だって聞いてるけど。途中池袋とかいう駅があるっていうんだけど、どう?」と!
- せめて誰かに問うようにチラっとぐらいこっちをみてもいいじゃんって思ったよ!独り言かと思うよその小声じゃ!俺の前にいたおっちゃんが何か言おうとして固まった。英語で説明しようとしてあれこれ妄想してるに違いない。
- まあ、オレのかたこと英語でも理解してくれれば・・・と彼の手のメモを見て俺が固まった。
見たこともない文字がまるで子供の落書きのようにならんでいた・・・。
- こいつは・・・。彼は自国語のメモをそのまま読んでいただけだ。解かって聞いてるわけじゃないんだ。
- 思わず天をあおいだ俺の視線の先に、ドアの上の液晶画面が目にはいる。ピンときた。なんとか状況は説明できるかもしれない。
- おれはあんちゃんに液晶画面を示す。いいタイミングで山手線の路線が表示された。
- 自分達を指してから現在の位置である赤い矢印をさしてから、「しんじゅくー」といいながら駅をさす。ちょうどま反対の位置だ。自分でさしながら俺がガックリきた。
- 兄ちゃん自分が逆方向の路線に乗ってしまったことにようやっと気がついたようだった。
- さて、ここからどうする?
- このままあと30分ほどのってりゃいやでも新宿に着くから乗ってろとか説明したいところなのだが・・。どうしたもんかと考えていたら、駅に到着して俺は他の乗客といっしょに押し出された。んで、彼を見失った。遅刻しそうな身の上なのですぐに手近なドアから電車に戻る。
- うーん、彼はどうするんだろー?と思って閉まったドアからホームを見ると、なんと彼が電車を降りてしまっている。おいおい、逆の方向に行ってもそんな時間かわらないぞ!
- ところがホームを歩きだした彼の表情が非常にリラックスしている。どういうこと?
- よくみると、傍らには「日経よく読む」な感じのさっきのおねいさんがいっしょにいる!そしてしたしそうに語りかけながら乗り換えの階段に向かっている。
乗り換え?
- ここではじめてこの駅が「神田」だって気がついた。
- なるほど、新宿まで送っていく必要はない。オレンジ色の新宿方面行きの快速にのせてしまえばいいのだ。簡単なこと。
- 普通なら思いつくはずなのに、よっぽどてんぱっていたのか。人間に必要なのは「シンプルに考えることと、ゆったりとした心もち」かなあ、と思った次第。
- しかし兄ちゃん、そのおねいさんとコミュニケーションとれるなんてうらやましいぞ!